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なぜ矯正に進んだのか

子ども時代

私は、記憶にないくらい小さい頃から歯科医師である父に毎朝仕上げ磨きを受けていました。自宅の隣がクリニックだったので、小学校の登校前にクリニックへ寄って仕上げ磨きを受けていました。

小さな頃からの習慣だったので、何の疑問も持たずに小学6年生までこの習慣は続きました。私が小さい頃は、まだ全国的に小児の虫歯が多い時代で、歯科検診で多くの友人に虫歯があるのに私だけ虫歯がないことは誇らしい気持ちでした。

歯医者さんに
興味を持った中学校時代

中学生以降は自分自身で歯磨きすることになっていきましたが、せっかく虫歯がないのならこの記録を伸ばしたい!という気持ちが強くあり、テレビを見ながらの歯ブラシは、気が付けば40分もしていたことはざらになりました。

そんな歯ブラシを頑張る少年にある事件が起こります。日曜日の部活動の時、片づけをしていた友人が操作を誤り、鉄製の準備用具が友人の口元に当たってしまったのです。日曜日ですから歯科医院はやっていません。

部活の顧問の先生も困惑していたので、私は父に連絡を取り診療できないか相談してみました。父は快く受け入れてくれたので、友人も顧問の先生も安心した様子でした。この時の出来事は私の印象に強く残っていて、「歯医者さんってカッコいいじゃん!」と最初に感じた瞬間でした。

矯正歯科を知った高校時代

高校生になった頃、前歯のすき間(正中離開)がずっと気になっていたので父に相談したことがありました。そのすき間に対し父は、「これは矯正歯科でないと治せない」と言われました。この時初めて矯正歯科という分野を知りました。

父の説明では、全ての歯にブラケットという装置を付けてワイヤーで歯を移動するという内容でした。歯科医師である父でもよくわからない分野ということだったので、父と一緒に矯正歯科医院を受診することになりました。

受診先の矯正歯科の先生は、とにかく元気のいいヒゲおじさん先生で、歯並びで気になっていることを伝えるとハッキリと答えてくれました。高校生だった私にもどのような治療をしていくのかよくわかりました。

しかしながら、高校生の絶賛思春期真っ最中だった私にはブラケットをつける勇気がなく、結局矯正治療をすることはありませんでした。当時の思い出を振り返ってみても、高校時代にブラケットがついていた友人は、女の子が2,3人いるだけだったように記憶しています。

この頃は、まだまだ矯正歯科は浸透していなかったように思います。ちなみに、元気のいい矯正歯科のヒゲおじさん先生は、後に同門の大先輩となり、今では頭の上がらないヒゲおじいちゃん先生になっています。

東京歯科大学へ進学

両親は私に医者になってほしかったように感じていましたが、記憶のない小さい頃から歯ブラシを頑張った私は、漠然としたイメージですが「予防歯科関係」の仕事がしたいと思い、東京歯科大学へ進学します。

現在では大学が水道橋へ移転していますが、当時は千葉市に長閑なキャンパスがあり、韮崎出身の田舎坊ちゃんが進学するには、都会過ぎず田舎過ぎずにちょうどよい環境でした。大学では歯科医師になるべく様々なことを勉強します。自分で言うのもなんですが、座学も実習も成績は上位クラスでした。

特に実習は歯科医師に直結する作業をしていきますので非常に楽しかったです。近い感覚として、運転免許を取るために路上実習するイメージでしょうか。楽しくないですか?そんな楽しい実習ですが、大学4年生の時に矯正歯科の実習はやってきます。

とにかくワイヤーを曲げる実習なのですが、プリント上にいろんな形をした線が書かれていて、その線になぞってワイヤーを曲げていきます。慣れない作業で指は痛いし担当の先生は厳しいしで正直あまり楽しいイメージはありませんでした。

矯正歯科の実習

5年生になると、登院といって病院に出て実際の患者さんに接し、時には担当教員の指導の下で医療行為を行います。登院した頃は口腔外科の分野に非常に惹かれました。というのも一度の治療で劇的に患者さんの主訴が改善されるからです。それに対して矯正歯科の治療を実際に見ると、4年生の実習で行ったようにワイヤーや取り外し装置の調節をすることが中心に見えていて、なんだか地味な治療だとその時には思っていました。

登院してみてわかったのですが、口腔外科と矯正歯科では受診する年齢層が違います。千葉の大学病院でしたので立地の問題もありますが、口腔外科は比較的年齢が高い患者さんが多く、矯正歯科では小学生~高校生の学生や20代・30代の比較的若い患者さんが中心です。「診療科によってこんなに年齢層が違うんだ」とこの時は面白い発見をしたなくらいに思っていました。

5年生まで将来像がまだフワフワとしていましたが、6年生になると私の進路は「矯正歯科」だとハッキリと決まります。6年生は歯学部の最終学年で、いよいよ国家試験が控えています。毎日各教科、各診療科の先生の講義をうけるのですが、矯正歯科の先生の講義が非常に明快で、卒業後はこの先生に指導していただきたいという思いが強くこみ上げてきました。その先生の講義を聴いているうちに、5年生の登院の時に見ていた断片的だった診療場面が、少しずつ一つの治療のストーリーになっていったことに強烈な興味が湧いてきました。

その時の感覚としては、歯並びが徐々に良くなっていくシンデレラストーリーを見ているかのような衝撃でした。ちなみにその先生は今でも私の恩師で、治療中に私が話すたとえ話の多くは、その先生の言葉をお借りしています。6年生は毎日勉強漬けの日々でしたが、いよいよ国家試験の日を迎えます。

歯科医師に合格

実は親にも言っていなかったウソみたいな本当の話があります。少し脱線しますが、国家試験の前日の夜、道にうっすらと積もるくらいの雪が降りました。「ああ、きれいだな。でも明日の電車大丈夫かな。」と思いながら歩いていると、足の裏が冷たくなってくるのです。何!?と思い靴裏をみてみると、なんと穴が開いていたのです!

この1年間、この靴で苦しい国家試験勉強をしてきたなと思い、戦友とも呼べるこの靴で国家試験に臨んだのですが、やられました。すでに試験会場の近くのホテルにいましたし、自宅には帰れません。

時間も遅いため靴屋さんも開いていません。ピンチでした。とにかくホテルのドライヤーで靴を乾かし、靴裏には絆創膏を張り付け穴をふさぎ、試験会場までの道中で濡れてしまってもいいように、ホテルに備え付けの使い捨てスリッパと替えの靴下をカバンに入れて、何とかなるだろうと思いながらグッスリ寝ました。翌日はすこぶる快晴で、水たまりもなく快適に試験に臨めました。おかげで無事に合格し晴れて歯科医師になります。

歯科医師として勤務

歯科医師一年目は、研修歯科医師として5年生の登院と同じく様々な診療科を回りました。6年生の時に感じた矯正歯科の奥深しさを垣間見るために、アドバンスコースとして通常期間より長く研修できるコースに矯正歯科を選択しました。

この期間中に、4年生の時のワイヤー曲げの理由もしっかり理解でき、いつしか苦痛と思っていた実習の記憶もこれから広がる矯正歯科の世界への期待と希望に満ちた気持ちへと変わっていきました。

以前は一度の治療で大きく改善できる口腔外科も興味深いと思っていましたが、この頃には矯正歯科は年単位の時間がかかるけど、歯並びが良くなると見た目もかみ合わせも整うことで患者さんの自信にも繋がることを知り、矯正歯科の隠れた影響力に魅了されていました。

矯正歯科への道を志す強い気持ちを持った私ですが、矯正歯科講座への入局は、私が学生時代だったころから非常に人気で倍率も高く、成績もトップでないと入局できない狭き門でした。正直、国家試験前日の事件+国家試験と比べても入局試験の方が何倍も困難だったように思います。

入局試験で特に印象的だったのは、50分の試験時間内に800字の小論文を2題書くことでした。これは無理難題でした。1題目を書き終えて2題目には手を付けられなかったことを覚えています。それだけ入局希望者が多く、ふるい落としをしていた試験内容だったように思います。

矯正歯科学講座に入局

そんな中、運よく入局試験に合格することができ矯正歯科学講座に入局します。研修は3年間のプログラムが組まれており、3年間で一通りの矯正治療を経験できるようになっています。

実はこの3年間のプログラムは大学間で大きく症例数が異なります。東京歯科大学の矯正歯科は非常に多くの患者さんを診ることができ、全国でもトップの症例数を有しています。

そのため東京歯科大学で3年間のプログラムを修了できれば、より多くの専門知識と臨床経験を積むことができます。全国から入局希望者が殺到し、倍率が高くなってしまうのはそのような理由がありました。

しかしながら患者さんの数が多いということは、それだけ仕事量が多く、研修1年目は毎日が地獄でした。まずは、患者さんを担当する前に模型での実習を行うのですが、毎日深夜2時・3時まで実習をしていましたし、患者さんを担当できるようになっても、基本的に治療に必要なものをすべて自分で作らなければなりませんでした。

患者さんの資料作成や分析はもちろんのこと、患者さんが使用する装置などもすべて自分たちで作成します。1年目はすべてが初体験なので、何度も教科書を読みなおし分析して治療方針を立てては指導医に確認、そして修正を繰り返したり、患者さんに失礼のない装置を作るために何度も何度も作り直しをしたりしていました。

3年間の研修期間中は、夜の12時を回らなければ帰れない日々をずっと送っていました。本当に辛く大変で、二度とあの日々には戻りたくないと思っていますが、この研修期間中には、非常に有意義な経験を数多くしました。その中のひとつに、同期とお互いの矯正治療を担当しあったということです。

この経験は、患者さんの気持ちを理解する上で、非常に重要な体験でした。例えば矯正器具の痛みや歯が動く痛みは、言葉では表現しにくいことがありますが、私は身をもって治療を経験していますから、治療における痛みや不安などを先んじて説明することができると思います。

非常に濃厚な3年間の研修過程と、平行して4年間の大学院を終えたのち、今後の進路についてはしばらく大学に残り知識と臨床経験をさらに高めようと考えました。矯正治療には、いわゆる“流派”みたいなものがあります。研修過程を終えると、それぞれが自分の性格に合った流派に染まっていくことが多いです。私にも所属している流派があるのですが、大学では多くの流派や考え方の先生がいますから、自分の流派を芯に持ちながら、多くの先生の考え方・治療方法などを吸収しようと考えたのです。

また、大学病院での診療は様々な症例を経験することができます。例えば地域の矯正歯科医院などから、治療が困難な症例を引き受けることも少なくありません。困難な症例ほど「顎変形症」や「○○症候群」といった、顎に大きな問題があり口腔外科をはじめ、小児科、形成外科などの複数の診療科とともに一人の患者さんの治療にあたります。

そのような多様な流派を身近に感じながら、多くの診療科と関わっていた環境は、私の矯正歯科における総合力を醸成してくれたように感じています。誠に名誉なことに、研修過程終了後、しばらくして「臨床講師」という肩書もいただきました。気が付けば、研修過程も含め約10年間、矯正歯科講座に在籍していました。

歯科医師のキャリアを考える

本当に辛かった3年間を除けば、毎回の治療によって患者さんがどんどん笑顔になっていくのが嬉しくてあっという間の10年でした。この頃、当時の教授から大学病院に残らないかというお誘いをいただいておりました。

私は大学病院みたいな環境が好きです。切磋琢磨できる同僚がいて、頼りになるスタッフがいて、治療の相談ができるその他の診療科の先生がいる。非常に素敵な環境です。しかし大学病院の現実には、デメリットもあると感じていました。

私がデメリットと思える大きな理由が2つあります。一つ目は、患者さんにとっては待ち時間が長いということ、二つ目は、術者にとっては何をするにも上司の確認や承認が必要で、治療のテンポが自分には合わなかったことです。

これらの問題には多くの要因が関係していると考えられますが、私は、職員が多くなればなるほど小回りが効かず待ち時間や承認までが長くなってしまうのではないかと考えています。つまり、大学病院のメリットであるはずの“多くの診療科がある”からこそ職員も多くなってしまい、いろいろと時間がかかってしまうわけです。大学病院の環境は好きでしたが、この問題だけは、私としては許容しがたい問題でした。

矯正治療は月に一度の診療が2~3年続きますから、患者さんの負担は計り知れません。10年という時間は、自分の周りにまで気を配れるような余裕を私に与えてくれました。教授からのお誘いは、身に余る光栄でしたが「私が納得できる医療環境で診療したい!」という強い気持ちから辞退させていただき、地元、韮崎にて開業を決意しました。

韮崎に開業

私がここ韮崎・山梨で実現したい矯正歯科医療は、大学病院にも劣らないような環境を目指したいと考えています。しかし大学病院のような大所帯となると、かえってデメリットも出てくるため、矯正歯科を専門に少数精鋭で診療をするために「矯正歯科専門医院」として矯正歯科に特化しています。

ここまでは多くの矯正歯科専門医院にみられることですが、当院の特徴は日本口腔外科学会の認定医も常勤していることです。これは全国的にも珍しい医院だと自負しています。口腔外科医が常勤していることで、歯が歯肉に完全に埋まってしまっているような場合(埋伏歯)でも、当院の外来で外科処置をした直後に矯正処置を行うことができます。

つまり、矯正治療と外科治療をタイムラグなしに対応することができます。また、歯並びの維持に不利となる親知らずのような難しい抜歯もおこなうことができます。(一部例外はあります。)

これらは外科処置の難易度が高く、一般的には大学病院を紹介されるようなケースです。このように、通常では大学病院へ紹介するようなケースでも当院では迅速な対応ができ、矯正歯科医と口腔外科医の視点から処置中に最適な調整をおこなえることが可能となります。

この体制ならば矯正歯科分野の領域は大学病院レベルまで高められますし、大学病院のデメリットをクリアできます。この10年間、私はどのような診療をしていきたいのか熟慮を重ねておりましたが、私の答えを形にできたクリニックとなったように思います。

当院の立地は交通の便が非常に良いところです。韮崎駅から徒歩1分ですのでお子さんだけでの通院も安心です。また、韮崎I.C.からは5分です。車社会の山梨では、この距離感は大きなアドバンテージではないでしょうか。

そのため、山梨県内だけでなく、長野県諏訪市や南牧村などの遠方からも通院いただいております。ちなみに治療にかかる交通費は医療費控除の対象になりますので、領収書を大切に保管し確定申告の際に提出してください。

まとめ

以上、私の半生と矯正歯科への意気込みを紹介いたしました。ぜひ当院と共に歯並びの悩みを解消し、本当の意味でQOL(quality of life)の向上を目指してみませんか?歯並びや顎の成長など、お悩みや気になることがある方は一度ご相談ください。

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