
※本記事では、矯正歯科で一般的に行われている内容もあわせてご紹介しています。実際に適応となる治療方法や費用・期間などは、患者さまの状態によって異なりますので、当院では初回相談や診断時に個別にご説明いたします。
上顎前突とは
「口元が出ている」「唇が閉じにくい」といった印象を持たれたことはありませんか。こうした状態の背景には、いわゆる「出っ歯」と呼ばれる上顎前突(じょうがくぜんとつ)が存在することがあります。上顎前突とは、上の前歯または上顎骨が下顎に比べて前方に位置している状態です。横顔を見たときに口元が前方に突出して見え、唇を自然に閉じづらくなるといった特徴が見られます。
正常なオーバージェット(上の前歯と下の前歯の前後的なずれ)は2~3 mm程度とされますが、上顎前突ではそれ以上(4 mm以上)となることが多く、口元への影響が大きくなります。また、唇を閉じる際に顎先部にしわ(オトガイ緊張)が現れたり、無意識に口が開いて口呼吸となったりする傾向もあります。
この状態は大きく分けて「骨格性」「歯性」「混合型」の三タイプに分類されます。骨格性とは、上顎骨が前方位、あるいは下顎骨が後方位である場合を言います。歯性は、歯の傾斜や配列のずれだけが原因となっているケースです。そして混合型は、骨格性と歯性が重複しているタイプ。日本人には、上顎が極端に前方へ出ているよりもむしろ 下顎が後退している(下顎後退) ケースが多いとされています。
上顎前突の主な原因
上顎前突は一つの原因で生じるものではなく、複数の要因が関与することが一般的です。遺伝的な素因と生活習慣・環境要因が重なって発現するケースが多く見られます。
遺伝的な影響
骨格の形状、歯の大きさ、歯列の幅などには遺伝的要因が認められます。ご家族に口元の突出がある方がいれば、将来的に同様の傾向が現れる可能性があります。例えば、下顎骨の成長が抑制されていたり、上顎骨の成長が比較的早期に終わっていたりする場合、骨格性上顎前突として進行しやすくなります。
幼少期の習癖

指しゃぶりやおしゃぶりの長期使用、舌で前歯を押す癖、爪噛みなど、常時続く弱い力でも歯を唇側へ傾ける原因になることがあります。特に成長期にこうした習癖が残ると、歯性上顎前突を助長することがあります。
口呼吸の習慣化
鼻づまりやアレルギー性鼻炎などで鼻呼吸が難しいと、口呼吸が習慣化します。口呼吸では唇の抑えが弱まり、舌の位置が低くなるため、上顎骨が狭くなったり、前歯が前方へ出やすくなったりすることが知られています。
乳歯・永久歯の早期喪失
虫歯などで乳歯や永久歯を早期に失うと、そのスペースを隣の歯が埋めようと動くため、永久歯が適正に生えるスペースが不足してしまいます。その結果、前歯が突出しやすく、上顎前突の一因となることがあります。
上顎前突を放置した場合のリスク
上顎前突は外見の印象のみならず、機能・健康・生活面においても様々な影響があります。
口元が突出することで唇が閉じづらくなり、口腔内が乾燥しやすくなります。唾液の保護作用が十分に働かない状態が続くと、むし歯や歯周病のリスクが高まります。特に成人期以降では、唾液量の低下傾向もあり、歯周組織の負担増加につながることもあります。
噛み合わせのずれにより、前歯で咬み切る機能が低下し、奥歯に負担がかかりやすくなります。食べ物を十分に噛み切れない、長時間咀嚼が必要となるといった状況も起こり得ます。
また、唇や舌の位置は発音にも影響します。マ行・パ行・サ行・タ行など、口唇や舌の微細な動きが求められる音では、発音のしづらさを感じる可能性があります。
さらに、前歯が突出している状態では、転倒やスポーツ時に前歯をぶつけやすい環境になります。歯の破折や歯根損傷のリスクが高まるため、安全面でも注意が必要です。特に、外傷を受けた歯は後の矯正治療で移動が難しくなることがあります。
骨格性上顎前突の中には、下顎後退を伴うケースがあり、気道が狭くなっている可能性があります。その場合、睡眠時無呼吸症候群との関係が指摘されることもあり、呼吸機能や顎関節の観点からも検討が必要です。
見た目の印象だけでも、口元の突出によって横顔や笑顔にコンプレックスを抱く方も少なくありません。こうした心理的な負担が長期化すると、自己肯定感の低下や日常生活の質にも影響を及ぼすことがあります。
上顎前突の治療方法
上顎前突の治療法は、年齢・成長段階・骨格の状態・歯の傾き・歯列の乱れなどによって異なります。成長期であれば骨の発育を利用した治療を、成人では歯の移動を中心とした方法を検討します。
小児期(成長期)の治療
お子さまの成長期であれば、顎の発育をコントロールしつつ、上顎前突を改善していくことが可能です。骨格性の場合には、上顎の成長を抑制する装置や下顎の成長を促す装置を用いることがあります。歯性の場合には、前歯の傾斜を修正する装置を使用します。
また、口呼吸や舌癖などの習癖が疑われる場合には、MFT(口腔筋機能療法)を併用し、舌や口まわりの筋肉の働きを整えながら治療を進めます。こうしたアプローチによって、将来的な歯並び・噛み合わせの安定性を高めることができます。
当院では、小児期には「小児アライナー矯正」をご案内することが多くなってきました。アライナー矯正は装着時の違和感も少なく、成長段階のお子さまにも対応可能な選択肢として、ワイヤー矯正だけでなくマウスピース型矯正をご提案しています。
成人期の治療

成人の場合には、顎の成長が既に終了しているため、歯の移動を中心とした治療が基本となります。当院で対応している方法は以下の通りです。
- ワイヤー矯正(唇側マルチブラケット装置):歯の表側にブラケットを装着し、ワイヤーによって歯を三次元的に移動させます。歯を並べるスペースが不足している場合は、小臼歯を抜歯してスペースを確保することがあります。
- マウスピース型カスタムメイド矯正装置:透明なアライナーを段階的に交換しながら歯を移動させる方法です。取り外しが可能で、装置が目立ちにくいため、日常生活やお仕事への影響を抑えたい方に選ばれています。
- 部分矯正(MTM):前歯だけ気になる、あるいは軽度のずれのみ改善したいというケースでは、限定的な範囲で歯を移動する部分矯正を行います。
- ハーフリンガル矯正(上顎舌側・下顎唇側):上の歯は舌側に装置をつけ、下の歯は唇側に装置をつける方法です。審美性と機能性のバランスを取りつつ、矯正治療を進めることが可能です。
必要に応じて、歯科矯正用アンカースクリューを併用することで、前歯を効率的に後方へ移動させることもあります。これにより、骨格条件の制限がある症例でも歯の移動を有利に進められる場合があります。
外科矯正が必要となるケース
骨格性の度合いが大きく、矯正単独では十分な改善が見込めない場合には、外科矯正治療が検討されることがあります。外科矯正とは、術前矯正→骨切り手術→術後矯正という流れで顎骨の位置を適正化し、その後矯正で噛み合わせを整える治療です。代表的な手術法には、下顎枝矢状分割術(SSRO)、上顎三次元移動手術(Le Fort I型骨切り術など)があります。口腔内からのアプローチが一般的で、顔面皮膚上に大きな傷跡を残しにくいのが特徴です。
当院では、外科矯正が必要と判断される症例について、口腔外科と連携しながら適応可否と流れを丁寧にご説明しています。
下顎後退を伴うケース
上顎前突のなかには、上顎が突出しているよりも、実は下顎が後方に位置している「下顎後退」を伴うケースが少なくありません。このような場合、顎関節の負担や気道の狭さが問題となることがあります。顎関節症状(顎の音や痛み)や睡眠時無呼吸症候群の可能性がある場合には、顎矯正手術やオトガイ形成術など、他科との連携治療が必要となることもあります。
当院における上顎前突治療の考え方

当院では、上顎前突の背景にある骨格・歯列・筋機能などを総合的に評価し、無理のない範囲での改善を目指しています。レントゲン・口腔内写真・模型・スキャンデータなどを用いて、骨格性か歯性か、下顎後退の有無、気道の状態などを慎重に分析します。
前歯を大きく移動させる必要がある場合には、歯根吸収や歯肉退縮のリスクを抑えるため、力の調整を丁寧に行い、安全性を第一に配慮しています。また、治療開始前から患者さまのご希望・日常生活・職業・審美的なご要望を十分に伺いながら、ワイヤー矯正・マウスピース矯正・部分矯正・ハーフリンガル矯正などの適応可能な方法をご説明します。
治療期間の目安は、成人矯正で通常2~3年、24~36回程度の通院を見込んでいます。処置料は成人矯正月額5,500円、小児矯正月額4,400円、ハーフリンガル上顎舌側処置料7,700円としています。アンカースクリューが必要な場合には、40,000円(埋入)+8,800円/本(スクリュー本体)が別途必要です。
初回相談では、現在のお悩みやご希望を丁寧に伺い、治療の流れや検査についてご説明いたします。なお、初回相談は診断ではなく、治療計画を作成する場ではありません。診断・治療計画は後日行う精密検査を経て作成し、そのうえで治療を開始します。
治療をお考えの方へ
上顎前突が気になっていても、どこから手をつけていいかわからないことが多いかと思います。まずは、当院の初回相談をご利用ください。現在の状態やお悩み・ご希望を共有し、治療を進める必要性や改善の方向性について一緒に考えてまいります。適切なタイミングで精密検査を行い、診断・治療計画をご提示いたします。
治療は長期間にわたることもありますが、丁寧な説明と信頼できる医療チームがあれば、安心して進めることができます。気になる症状やご希望がございましたら、お気軽にご相談ください。
著者情報
ニッコリ矯正歯科クリニック 院長 小林 弘史

略歴
2002年03月 駿台甲府高等学校 卒業
2008年03月 東京歯科大学歯学部 卒業
2008年04月 同大学 臨床研修歯科医師
2009年03月 同大学 臨床研修歯科医師 修了
2009年04月 同大学 歯科矯正学講座 Post Graduate Course 入局
2010年04月 同大学 大学院 入学(歯科矯正学講座)
2012年03月 同大学 歯科矯正学講座 Post Graduate Course 修了
2014年03月 同大学 大学院 卒業(歯科矯正学講座)
赤坂まつの矯正歯科にて舌側矯正を研鑽
東京歯科大学 矯正歯科学講座 勤務
2016年04月 同大学 矯正歯科学講座 臨床講師
2018年05月 ニッコリ矯正歯科クリニック 開院