
「さしすせそ」がうまく言えない。
「たちつてと」を発音すると、どこか不明瞭になる気がする…そんな悩みを抱えていませんか?
下顎前突(受け口)がある場合、サ行やタ行の発音に影響がみられることがあります。見た目の問題だと思われがちな下顎前突ですが、発音や滑舌に影響がみられることがあります。
この記事では、矯正歯科の観点から、下顎前突が発音に影響する仕組みを解説します。舌先の動き、息の流れ方、歯並びとの関係性を理解することで、改善への道筋が見えてきます。
そもそも「下顎前突」とは何か
下顎前突とは、下の前歯が上の前歯よりも前に出ている噛み合わせのことです。
「受け口」「反対咬合」とも呼ばれ、正面から見ると下あごが突き出たように見えることが多いです。
原因は大きく2つに分かれます。
- 遺伝的な要因…下顎が大きく成長しやすい体質、または上顎の成長が弱い場合
- 環境・習癖による要因…低位舌(舌が低い位置にある癖)、飲み込みの際に舌が前に出る癖、指しゃぶり、頬杖、下顎を前に出す癖など
遺伝と習癖、どちらが原因かによって治療の方針も変わります。当院では精密検査を通じて「骨格性か、習癖か」を明確に見極めることを大切にしています。
下顎前突は、見た目だけでなく、噛みにくさ・歯の摩耗・顎関節症・虫歯や歯周病のリスク増加、そして発音のしにくさなど、日常生活に影響がみられる場合があります。
発音と歯並びの深い関係
発音は、口・舌・歯・息の流れが絶妙に連携して生まれます。
母音(あいうえお)は、口の形を変えるだけで発声できます。しかし、子音を含む音は舌が触れる場所や息の通り道によって音が決まります。特にサ行・タ行・ザ行・ラ行は、舌の位置と歯並びの影響を強く受ける音です。
歯が発音に果たす役割は、大きく2つあります。
- 息の通り道を作る…歯と歯の間の隙間が、音を作るための気流を生み出します
- 舌の当たる土台になる…舌先が歯や歯茎に触れることで、特定の音が生まれます
歯並びが乱れると、この2つの機能が正しく働きにくくなる場合があります。その結果、発音が不明瞭になったり、特定の音が出しにくくなったりするのです。

サ行の発音が難しくなるメカニズム
サ行は「息の流れ」で作られる音
サ行(さ・し・す・せ・そ)は、舌が直接歯に触れるわけではありません。
上下の歯を軽く近づけ、その隙間から息を細く流すことで「シュー」という摩擦音が生まれます。この摩擦音こそがサ行の正体です。
つまり、サ行の発音には「上下の歯が適切な位置関係にあること」が重要とされています。
下顎前突があるとどうなるか
下顎前突の場合、下の前歯が上の前歯より前に出ています。
この状態では、上下の歯の間から息を細く流す「通り道」が作りにくくなる場合があります。
また、下顎前突の方は噛み合わせの関係で、口を閉じたときに上下の前歯が接触しないケース(開咬)を併発していることもあります。この場合、息の通り道がさらに不安定になり、サ行の発音が難しくなることがあります。
「お寿司」「先生」「そうです」…日常会話に頻繁に登場するサ行の言葉が言いにくいと、コミュニケーションへの自信にも影響してしまいます。
タ行の発音が難しくなるメカニズム
タ行は「舌先の弾き」で作られる音
タ行(た・ち・つ・て・と)の発音は、サ行とは異なる仕組みです。
舌先を上の歯茎の裏側(前歯の付け根あたり)に当て、そこから舌を勢いよく離すことで音が生まれます。この「当てて・離す」という動作が、タ行の音を作り出します。
舌が触れる「土台」として、上の歯と歯茎の位置関係がとても重要です。

下顎前突があるとどうなるか
下顎前突では、上下の顎の位置関係がずれています。
そのため、舌先が本来の位置に当たりにくくなる場合があります。舌が当たる場所が本来より前になったり、力の入り方が変わったりして、タ行の音が不明瞭に感じられることがあります。
特に「ち」「つ」は舌の使い方が複雑なため、下顎前突の影響を受けやすい音です。
「ちょっと待って」「つまり」「ところで」…こうした言葉が言いにくいと、会話の中で無意識に言い換えたり、話すことを避けたりするようになってしまうことがあります。
下顎前突が発音に影響する3つの理由
① 上下の歯の位置関係のずれ
正常な噛み合わせでは、上の前歯が下の前歯より少し前に出ています。
この位置関係は、サ行やタ行の音を作るうえで重要な要素の一つです。下顎前突ではこの関係が逆転しているため、舌や息の動きが本来の軌道からずれてしまいます。
② 舌の位置や動きの癖(低位舌)
下顎前突の方には、舌が低い位置に落ちている「低位舌」の癖を持つ方が多くいます。
舌が正しい位置(上顎の前歯裏あたり)にないと、発音のたびに舌が余分な動きをしなければならず、音が不安定になります。低位舌は下顎前突に関与していると考えられる場合があり、発音のしにくさにも影響する可能性があります。

③ 息の流れ方の変化
顎の位置がずれると、口の中の空間の形が変わります。
この空間の形が、息の流れる方向や速さに影響する場合があります。サ行のように息の流れで音を作る場合、空間の形が変わると音の質が大きく変わってしまいます。
発音の問題は「慣れ」だけで改善が難しい場合もある
「ゆっくり話せばなんとかなる」と思っていませんか?
確かに、意識してゆっくり話すと発音が改善することはあります。しかし、会話のスピードが上がると、補正が難しくなる場合があります。特に緊張した場面や早口になったとき、発音の乱れが出やすくなります。
ある患者さんは、「仕事のプレゼンで自分の声が気になって、内容に集中できなかった」とおっしゃっていました。発音の問題が、コミュニケーションへの自信に影響することもあります。
また、発音を補正しようとして舌や口の筋肉に余分な力が入り続けると、顎や首の疲れにつながることもあります。原因となる歯並びや噛み合わせにアプローチすることで、改善が期待できるケースもあります。

改善に向けた具体的なアプローチ
まずは「骨格性か習癖か」の見極めが重要
下顎前突による発音の問題を改善するには、まず原因を正確に把握することが大切です。
骨格的なずれが大きい場合と、舌癖・習癖が主な原因の場合では、アプローチが異なります。当院では、顔貌・噛み合わせ・レントゲン・歯列模型などを用いた精密検査を行い、状態を確認したうえで治療方針をご説明します。
年齢・症状に応じた5つの治療メニュー
下顎前突に対しては、一般的に以下のような治療法が検討されます。
- ① ワイヤー矯正…歯の移動を細かく調整しやすい方法です。中等度〜重度の下顎前突に適応となる場合があります。必要に応じて抜歯を行う場合があります。
- ② マウスピース型矯正装置(インビザラインなど)…目立ちにくく、取り外しが可能な治療法です。症例によっては下顎前突に適応となる場合があります。
- ③ 部分矯正(MTM)…軽度の前歯だけの反対咬合に適した治療。気になる部分のみを動かしたい方に向いています。
- ④ 成長期の咬合誘導(小児矯正)…成長発育を踏まえて、将来の下顎前突の程度を軽減できる可能性がある方法です。
- ⑤ 外科手術併用矯正(顎変形症)…重度の骨格性下顎前突で矯正単独では改善が難しいケースに対し、下顎骨切り(SSRO)などの外科手術との併用治療を行います。
当院では顎変形症に関する治療にも対応しており、必要に応じて術前・術後の流れをご説明しています。
※以下には一般的な治療内容も含まれており、当院で行っていない内容が含まれる場合があります。
舌癖のトレーニング(MFT)も重要
矯正治療と並行して、舌の使い方を改善する「口腔筋機能療法(MFT)」を行うことがあります。
低位舌や飲み込みの際に舌が前に出る癖がある場合、矯正治療だけでは後戻りのリスクがあります。舌の正しい位置と動かし方を習得することで、発音の改善や矯正治療の安定につながる可能性があります。
「矯正したのに発音が改善しない」という場合、舌癖が残っている可能性があります。当院では、骨格・歯並び・舌癖の3つの観点から状態を確認し、必要に応じた対応をご説明しています。

子どもの発音が気になる方へ
「うちの子、さ行がうまく言えない…」と気になっているお父さん・お母さんも多いと思います。
子どもの発音の発達には個人差があります。しかし、下顎前突が原因で発音に影響が出ている場合、早期に対応することで改善が期待できる場合があります。
成長期の子どもは顎の骨がまだ発育途中です。この時期に適切な咬合誘導を行うことで、顎の成長をコントロールし、将来の骨格的な問題を軽減できる可能性があります。
「まだ様子を見ていい?」と迷う場合は、一度相談をご検討いただくことも一つの方法です。早い段階で状態を確認しておくことが、その後の判断に役立つ場合があります。
「小学校に入ってから先生に指摘された」「友達に発音のことを言われて傷ついた」…そのような場合は、早めに相談を検討することが望ましい場合もあります。
まとめ〜発音の悩みは、歯並びの改善によって変化が見られる場合があります
下顎前突がある場合、発音の問題がみられることがあります。
サ行は上下の歯の隙間から息を流すことで作られる音、タ行は舌先を歯茎の裏に当てて弾く音です。下顎前突によって上下の歯の位置関係がずれると、この精密な動作がうまく機能しにくくなる場合があります。
改善には、骨格・歯並び・舌癖の3方向からのアプローチが必要です。ワイヤー矯正・マウスピース型矯正装置・小児矯正・外科矯正など、年齢や症状に応じた治療法を選ぶことが大切です。
発音や噛み合わせが気になる場合は、まずはご相談ください。
精密検査で状態を確認したうえで、治療方針をご説明します。どうぞお気軽にお問い合わせください。
マウスピース型矯正装置(インビザライン)についての重要なご案内
マウスピース型矯正装置(インビザライン)は、日本の医薬品医療機器等法(薬機法)において承認を受けていない医療機器です。
本装置は、米国アライン・テクノロジー社の製品であり、インビザライン・ジャパン社を通じて、歯科医師の判断のもと正規ルートで入手しています。
国内にも、マウスピース型矯正装置として薬機法の承認を受けている医療機器は複数存在します。
インビザラインは、米国FDAにより医療機器として認証を受けています。
マウスピース型矯正装置(インビザライン)は、医薬品副作用被害救済制度の対象外となる場合があります。
著者情報
ニッコリ矯正歯科クリニック 院長 小林 弘史

略歴
2002年03月 駿台甲府高等学校 卒業
2008年03月 東京歯科大学歯学部 卒業
2008年04月 同大学 臨床研修歯科医師
2009年03月 同大学 臨床研修歯科医師 修了
2009年04月 同大学 歯科矯正学講座 Post Graduate Course 入局
2010年04月 同大学 大学院 入学(歯科矯正学講座)
2012年03月 同大学 歯科矯正学講座 Post Graduate Course 修了
2014年03月 同大学 大学院 卒業(歯科矯正学講座)
赤坂まつの矯正歯科にて舌側矯正を研鑽
東京歯科大学 矯正歯科学講座 勤務
2016年04月 同大学 矯正歯科学講座 臨床講師
2018年05月 ニッコリ矯正歯科クリニック 開院